現代人が山に向かう理由
今、大変な登山ブームだといいます。
中高年はいうに及ばず、山ガールという女性登山愛好家もすっかり市民権を得て、アウトドア雑誌も好調だといいます。
人が山に向かうのはなぜなのでしょう?
その理由は、あまりにもバーチャルなものが増えてしまったからではないでしょうか?
アメリカの俳優レオナルド・ディカアプリオさん主演の「インセプション」という映画があります。
ディカプリオ演じるコブという主人公は、人の夢の中に入り込み、アイデアを盗んだり、植えつけたりする特殊な産業スパイです。コブがある会社の社長の息子の夢に入り込んで、父親の会社を潰させるようなアイデアを植えつけるというのが、おおまかなストーリーです。
映画では、夢の中で夢を見るという具合に、夢が何重もの階層に分かれていて、下の階層に行くほど時間が長く感じられるという設定になっています。上の階層の失敗を取り戻すために下の階層で奮闘したりして、夢の中の階層を行ったり来たりします。
夢をなぜ見るのか。その最も有力な説は、現実に起きたことの記憶を整理するためだといわれています。夢は覚えていないだけで、毎日見ていると考えられています。
おそらく、毎日頭の中をデフラグ(整理)していないと、何が現実で、何が虚構なのか、わからなくなってくるのではないでしょうか。
現在のように、インターネットなどの虚構の世界が増えた現代ではなおさらでしょう。
映画では「夢の中に長くいすぎると、潜在意識の中をさまよい続ける」といった話が出てきます。あまりにも人間の意識がつくりだした世界に長く居続けると、現実と虚構の判断がつかなくなるのです
現実世界より、こうした虚構の世界にいる時間が長くなると、脳がどちらを現実として捉えてよいかわからなくなるのでしょう。
そうならないためには、自分にしか実感できない感覚をもっておくことが重要です。
映画の中では、現実か夢かを判断するためのツールとしてトーテムというものが登場します。トーテムは人によって違っていて、コブはコマを持っています。
現実世界ではコマは止まってしまうのですが、夢の世界ではコマは回り続けます。つまり、自分にしか実感しえない、コマの質感、バランスを意識することで、現実世界を実感しようということです。
同じように、私たちの生活の中でもバーチャル世界にのめり込まないようにするためには、人間の意識から出たもの以外のものに触れることが大切です。
それはつまり、自然に触れることです。
現代の日本社会は、一応、平和で安全な安定した世界です。涙を流して抱き合うこともなければ、罵りあってケンカすることもあまりありません。ゲームの世界の主人公を操り、SNSでアバターという理想の自分を演じます。そんな現実の中で、生きていることを実感できるのが、自然の中で、五感で世界を感じ取ることなのではないでしょうか。
梅の香りを嗅ぎ、新緑を目に焼きつけ、夏の草いきれが肌をなでるのを感じるとき、私たちは今ここに生きていることを実感することができます。
私たちのこれまでの生活はパソコン、スマートフォン、テレビと向き合う時間が長過ぎました。これら人工物以外のものに囲まれる時間がもっと必要です。
人が山に向かう理由はこれだったのですね。