植物と昆虫 どっちがすごい?

植物や昆虫の生態や生存戦略から、人間の生き方を学ぶネイチャー・ライティング

 「トマトの慎み」は生き残る戦略  

家庭菜園の定番といえば、ミニトマト。我が家でも毎年春先に種子を植えて、10本程度の苗木を育てています。初心者でもミニトマトが育てやすいのは、病害や乾燥に強いからです。放っておいてもいくらかは実がつきます。そうですね、1本の苗木から30個はゆうに獲れるのではないでしょうか。

でも、トマトの底力はそんなもんじゃあありません。1985年のつくば万博のとき、遺伝子研究の権威である、筑波大学のグループが育てた一本のトマトの木から、なんと1万5000個近い実をつけさせることに成功しました。

遺伝子操作をしたからだろうって? そうじゃありません。単なる水耕栽培で育てただけです。じゃあ、なぜ水耕栽培でそれだけの実ができたのか。それは、本来、トマトにはそれほどの潜在能力があるということです。

植物が成長するには、日光、水に加え、窒素、リン、カリウムという栄養分が必要です。これらをできるだけよい環境で与え続けることで、1万個以上もの身をつけることに成功したということなのです。このことは、トマトにはそれだけの潜在能力があることがわかる一方、じゃあなんで普通のトマトはそこまで成長しないのかということにもなるわけです。

そもそも植物にとって土は必須のものではなく、水分をとどめておくためのものであり、本来植物は水の中でも生活できるものなのでしょう。最近は人口の光と水耕栽培の「植物工場」でレタスを栽培しているところも増えました。「土に生えてないものは不自然」とかいう人がいるのですが、もともと植物は海の中にしかいなかったのですから、土がなくても植物はきっといいんですよ。

本来はもっとたくさんの実をつけられるけど、そうしないのは、トマト自身が土に生えるという与えられた生態系の中で、適正な成長規模を守っているからです。身分をわきまえながら、隣のトマトの木と共存しているからです。これを生物学者村上和雄先生は「トマトの慎み」といいました。こういうと、トマトが何か意志をもっているような言い方ですが、あながちそれも間違っていないかもしれません。では、その意志とは何でしょうか?

ライオンのオスは、生まれてある程度大きくなると、群れから離れ、メスを見つけてハーレムを形成します。既存のハーレムのオスと戦って群れを乗っ取ることもあります。群れを乗っ取ったときには、群れの子ライオンを殺します。

そうしないと群れのメスが発情しないからです。そして、オスはメスに自分の遺伝子を残させます。これはきっと、ライオンの数が増えすぎないようにするための彼らなりの生き方なのだと思います。自分たちで適正数を調節する仕組みなのです。

それと同じことが、トマトにも言えるかもしれません。トマトが増えすぎると、日光、水、栄養分の取り合いになり、いつかどこかで全滅なんてことになるかもしれません。一つのトマトの木しかなかったら、その木が枯れてしまったら、子孫が途絶えてしまいます。

でも、そこにトマトの実を10個しかつけないけど、とても病気に強い特徴をもった木ができれば、トマトの種全体として生き延びる確率が格段に上がります。そういう仕組みが働いて、「トマトの慎み」になっているのではないでしょうか。

人間もそうですが、増えればいいってもんじゃないんですね。人間も種としてしたたかにサバイブするための「慎み」を覚えたいものです。