植物と昆虫 どっちがすごい?

植物や昆虫の生態や生存戦略から、人間の生き方を学ぶネイチャー・ライティング

あえて競争の少ないところで生きる  

JR高尾駅から徒歩10分のところに、多摩森林科学園という施設があります。サクラなどの生態を研究する施設で、見本のため植林した木もありますが、高尾山周辺の自然の植生を見ることができる場所でもあります。

秋になると、その多摩森林科学園の散策路にガガイモ科のキジョランが洋ナシのような形をした、13~15センチの実をつけるのが見られます。12月ごろになると、実がはじけて中から綿毛が飛び出します。綿毛が垂れ下がった様子が、まるで白髪の老女を思わせることから、「鬼女蘭」の名前があります。

さて、このキジョラン、虫にとってはやっかいな存在です。葉に毒を持っているため、虫はこれを食べることができないからです。

ところが、このキジョランの葉を唯一食用にしている昆虫がいます。それが蝶の一種、アサギマダラです。アサギマダラは冬でも枯れないキジョランの葉に卵を産み付けます。卵からかえった幼虫は、すかさずキジョランの葉を食べて大きくなるというわけです。

「でも、このアサギマダラの親はひどいものだね。子どもに毒を与えるんだから」。いえいえ、食べても大丈夫だから子どもに与えるのです。アサギマダラはキジョランの毒でも死なない耐性を持ち合わせているのですよ。

アサギマダラの幼虫は、キジョランの葉の裏を、円を描くように食べていき、次にその円の内側を食べていきます。そうして、毒の経路を遮断してから葉っぱを食べているのでしょう。少しの毒ならば、平気な体をつくっていったのです。

なぜ危険を犯して毒を食べるのか。理由の一つは、他の昆虫と競合することがないため、食料確保に有利だということ。もう一つは、自分の体を毒化させることで、鳥などの天敵に食べられにくくなるということです。

それをわかって親は子どもにあえて毒を食べさせているのです。子どもに安楽をさせるだけが親の務めじゃないのですね。天敵から守り、食べ物の心配もしたうえで卵を産み付ける場所を考えているのです。

子育てしない昆虫は、一見、薄情に思えるのですが、実は子どもへの愛情をこんなところに注いでいるのですね。

それにしても、アサギマダラは、生き延びるための周到な手段を持っているのですね。ビジネスやスポーツで勝つための戦略にも応用できそうな気がします。つまり、「競争の少ないところへ進出」し、「そこで身に付けた技術をオンリーワンに」するということです。毒というのは、一見、誰にとっても悪であるように見えます。でも、毒と薬は量しだいで、善と悪の両方の側面を持つものです。だから、毒であっても少量ならば、自分の長所や利点にすることができるということです。

生態観察のために、アサギマダラの羽にペンでマーキングしたところ、1000キロ、2000キロと離れた場所で見つかったことが研究者から報告されています。1日に200~300キロも移動するというのです。あの小さな体のどこにそれほどのエネルギーが蓄えられているのでしょう。

なぜそんなに大変な思いをしてまで移動するのか、本当のところはよくわかっていません。赤と褐色と浅葱(あさぎ)のまだら模様を持つ蝶の一生から、私たちが学べることがこれからも見つかることでしょう。